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名古屋地方裁判所 昭和46年(手ワ)91号 判決 1971年10月16日

原告 平野喜久子

被告 安江存

主文

(一)  被告は原告に対し金四〇万円並之に対する昭和四六年三月二日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うこと。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  原告が被告に対し金一五万円の担保を供する時には本判決は仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決並仮執行の宣言を求め請求の原因として

一、被告は原告に対し左の如き一部白地の約束手形一通を振出交付した。

記号番号 RB二一八三三

金額 金四〇万円

支払期日 昭和四五年四月一五日

振出地支払地 名古屋市

支払場所 瀬戸信用金庫篠原橋支店

振出日 昭和四五年三月一五日

受取人欄 白地

二、右手形は現実には原告代理人の訴外二村友代志が被告より交付を受けたものである。

三、ところが原告は右手形受領後間もなく之を紛失したため直ちに愛知中村簡易裁判所に公示催告の申立をなしその結果昭和四六年二月一八日同裁判所において右手形についての除権判決を得た。

四、右除権判決の結果被告は原告に対し本件手形の再交付義務を負うに至つた。このことは我が手形法上明文の定めはないが公示催告制度の趣旨からして条理上当然認められるべきものである。(因みにイタリヤの手形法では之を明文で認めている。)

五、そこで昭和四六年二月下旬頃原告は前記二村友代志を通じて被告に対し手形の再交付を求めたが拒絶された。

よつて原告は被告に対し第一次的請求として右再交付義務不履行による損害賠償金四〇万円並之に対する本件訴状送達の日の翌日以降完済迄商事法定利率による遅延利息の支払を求める。

六、(1) 仮りに右損害金請求の認められぬ場合は原告は第二次的請求として本件手形の原因関係をなすところの左記旧手形金の支払請求をなすものである。即ち被告は

額面 六〇万円

支払期日 昭和四五年三月一五日

振出人 被告

なる約束手形一通を振出し、原告はその正当な所持人であつた。

(2)  右手形は支払期日に支払場所に呈示せられたが支払拒絶された。

(3)  その後被告は右手形金中二〇万円を支払つたのみで他を支払わないから、原告は被告に対し右手形金残金四〇万円並之に対する本件訴状送達の日の翌日以降完済迄商事法定利率による遅延利息の支払を求める。

(4)  本件手形(新手形)は旧手形の手形金の支払時期を単に延長するために振出されたものに過ぎず、かゝる場合旧手形債務も存続することは判例上明かである。したがつて本件の場合の如く新手形が除権判決により無効となつた以上は当然に旧手形金の支払請求が許されると解する。

(5)  なお原告は一度右旧手形を被告に呈示しかつ被告に返還しているものだから、右第二次的請求をなすにあたり、被告に旧手形を再度呈示交付する必要はないと考える。

七、仮りに何らかの理由により右原因債権の請求の認められぬ場合には原告は本件白地手形(新手形)の補充を怠つたまゝ手形を紛失したため新手形上の権利を失ない、その結果被告はその原因債務である前記旧手形金支払債務のうち四〇万円の支払を免れるという利得を得たことになるので手形法第八五条による利得償還請求権に基き前同額の支払を請求する。

八、更に右利得償還請求の認められぬ場合は被告は、原告の新手形紛失により法律上の原因なくして旧手形債務中四〇万円の支払を免れて不当に利得したものだから、民法上の不当利得返還請求権により右同額の支払を求める。

と述べた。

立証<省略>

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め請求原因事実を争そい

(一)(1)  株券喪失の場合は除権判決を受ければその再交付を請求し得る旨の特則(商法第二三〇条第二項)があるが、手形についてはかゝる規定がなく、反対解釈により手形については除権判決による再交付義務を法は予定していない趣旨と考えられる。

(2)  そもそも除権判決制度の主旨は本来喪失した証券を無効として証券上の義務者に対する権利の行使を認めるにあるところ、証券の再交付義務を認めることはその証券の流通をも保護することになり、除権判決制度の本旨をこえるから、特則なき限り許されない。

(二)  旧手形金の支払請求は旧手形の所持及び呈示なき限り許されない。

(三)(1)  利得償還請求権は失権当時に有効に存在していた権利が手続の欠缺又は時効により消滅した場合に限り発生するものである。ところが補充前の白地手形においては手形上の権利が未だ完全に成立していないのだから、此の場合、利得償還請求権は発生しない。

(2)  而も本件新手形のような書替手形の場合、新手形の交付により旧手形債務が消滅していても旧手形債務の消滅自体が利得ではなく、旧手形債務の原因関係において受けた対価が利得であることに留意すべきである。

(四)(1)  民法上の不当利得も存在しない。原告の主張によつても旧手形債務の消滅は新手形への切替という法律上の原因によつたものであり不当利得の対象とならない。

(2)  又、被告が新手形につき支払義務を負わないのは原告が白地手形を補充しないためであり、而も補充できぬ理由は原告が手形を喪失したためであり何ら被告に不当性はない。

と反駁した。

立証<省略>

理由

(一)  成立に争いない甲第一号証、証人二村友代志の証言、原告本人の供述を綜合すると、被告が前に振出して原告が所持呈示した額面金六〇万円、満期日昭和四五年三月一五日の約束手形金残金四〇万円の支払のために、被告が原告に対し請求原因一、記載の手形要件を有する白地手形(約束手形)を振出して原告代理人二村喜代志に交付したこと、その后原告が所持する間に之を紛失したので原告主張の如く公示催告の申立をした結果昭和四六年二月一八日除権判決の言渡があつたこと、原告は右公示催告申立前より被告に対し本件手形の再交付を請求していたが拒絶され現在に至る迄その交付を受けていないこと、を各認め得る。被告本人の供述中右認定に牴触する部分は措信し難く他に之に反する証拠もない。

(二)(1)  原告は手形証券の再交付請求権を有すると主張する。そこで考えるに、成程手形関係は形式的技術的な色彩が強いけれども、元々手形は信用の具であつて手形債権者は既に手形上になされた手形債務者の署名を頼りに、将来一定期日に一定金額の金員の支払を受け得ることを信頼して手形関係に加入して来るものであるから、手形債権者債務者間に信義則の働く基盤は十分にそなわつている。

(2)  元より手形行為にともなつて生ずる債務の内容は能う限り明文を以て律せられることが望ましいが、たとえ明文のない場合でも有価証券、手形の性質から当然導き出されるような債務の負担を命じることが手形法の組織法的厳格性に反するとは考え難いものである。

(3)  ところで手形の所持人が完成手形を喪失した場合には除権判決を得ることにより証券の所持を回復したのと同一の地位を与えられ最小限度右手形上の権利を自から行使することが可能になるが白地手形を喪失した場合には除権判決を得たのみでは白地手形の所持を回復したのと同一の地位を得るに過ぎず、而も右白地部分を補充することは法律上不可能事に属するから、此の場合新手形証券の交付義務が否定されるならば、所持人が手形上の権利を自から行使する途さえとざされてしまうことになる。白地手形が完成手形と同様にさかんに流通している取引の現状を考えると証券喪失の場合の所持人の保護につき、完成手形と白地手形との間で此のように大きな差異が生じるのは極めて不合理なことと云わなければならない。

(4)  これらの点を考え合せると白地手形を喪失した所持人が除権判決は得たが白地部分未補充のためこのまゝでは自から権利を行使するにも支障ある如き場合には、白地手形の振出人は手形関係をも支配する信義則に基き、手形所持人の求めに応じて手形証券を再発行交付する義務あるものと云うべきである。

(5)  勿論手形証券の再交付を認める時には新証券の流通する可能性も生じてくるので、単に除権判決により自から権利を行使し得る場合に比べて却つて所持人の保護が手厚くなり均衡を失する感がないではないが、之を認めない場合に所持人の権利行使を完全に封殺することから生ずるより大きい不均衡を回避するためにやむを得ぬところと云う外はない。

(三)  然るに被告は前示のとおり本件公示催告申立当時より原告から新手形証券の交付請求を受けながら本件除権判決成立の日(昭和四六年二月一八日)以後相当期間を経過したと認められる本件訴状送達の日(昭和四六年三月二日)になつても之を履行しないものであるから、原告は被告の右債務不履行により本件手形上の権利を行使できずして手形額面金額相当の損害を蒙つたものというべく、被告は原告に対し右履行に代る損害金四〇万円とこれに対する本件除権判決成立後相当期間を経過したと認められる本件訴状送達の日の翌日(昭和四六年三月二日)以降完済迄商事法定利率による遅延利息を支払うべき義務がある。

(四)  然らば原告の本訴請求はその余の点につき考える迄もなく全部正当につき認容することとし、民事訴訟法第八九条、第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 夏目仲次)

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